優れた俳句をデジタルデータとして保存し、後世に残すために俳句データベースを開発しています。

俳人の説明

管理人による説明

江戸時代を代表する俳人。弱者に寄り添う「一茶調」を確立した俳諧師。

生涯

小林一茶は宝暦13年5月5日(1763年6月15日)、信濃国柏原(現在の長野県信濃町柏原)に中の上クラスの自作農の長男として生まれた。本名は小林弥太郎である。一茶が3歳の時に母を亡くし、祖母に育てられたが、8歳の時に父が再婚し、異母弟の仙六が誕生した。継母との関係は険悪で、14歳で祖母が亡くなると、父は一茶と継母を引き離すため、15歳の一茶を江戸へ奉公に出した。

江戸での10年間は奉公先を転々とする苦しい生活であったが、やがて俳諧と出会い、25歳の時に葛飾派の俳諧師として記録に現れるようになる。27歳で東北地方へ俳諧修行の旅に出て、30歳から36歳にかけては西国各地を巡る長期の俳諧修行を行い、各地の俳人との交流を深めた。

39歳の時に父が病に倒れ、一茶が看病する中で父は遺産を一茶と弟で二分するよう遺言したが、継母と弟は反発し、足かけ13年に及ぶ遺産相続争いが始まった。40代に入ると江戸での俳諧師としての活動が本格化し、一茶の名は広く知られるようになった。51歳でようやく遺産相続問題が解決し、故郷柏原に定住することになった。

52歳で結婚し、4人の子どもを授かったが全員幼くして亡くなり、妻にも先立たれた。再婚相手との結婚生活も早々に破綻し、中風の発作を繰り返すなど健康面でも苦しんだ。64歳で3度目の結婚をしたが、65歳の時に火事で自宅を焼失し、文政10年11月19日(1828年1月5日)、仮住まいの土蔵で65歳の生涯を閉じた。

俳句歴

一茶は江戸奉公時代に俳諧と出会い、山口素堂を始祖とする葛飾派に所属した。25歳頃から溝口素丸、二六庵竹阿、森田元夢らに師事し、俳諧師としての実力を磨いていった。一茶は万葉集、古今和歌集などの古典和歌、詩経や易経などの中国古典、そして芭蕉や蕪村などの先人の作品を猛勉強し、本歌取りの技法を習得した。また各地の方言や風俗を記録した「方言雑集」を書き続けるなど、貪欲に学んだ。

30歳から36歳にかけての西国俳諧修行の旅では、四国、九州、近畿地方を巡り、松山の栗田樗堂らと親交を深めた。この旅の成果を「たびしうゐ」や「さらば笠」として出版し、俳諧師としての実力を広く認められるようになった。37歳頃には師の竹阿の庵号である二六庵を継いだとされる。

江戸に戻った後は葛飾派の枠を超えて、夏目成美らとの交流を深め、独自の俳風を確立していった。40代以降は主に房総方面への俳諧行脚で生計を維持し、各地の俳諧愛好家を指導した。享和年間から文化年間にかけて、父の死という精神面・生活面での変化や、葛飾派を超えた有能な俳人たちとの交流によって、「一茶調」と呼ばれる独自の俳風を確立した。

一茶調の特徴は、生活苦や人生の矛盾を鋭く捉えた句、童謡を思わせる子どもや小動物を詠んだ句、そして擬声語・擬態語・擬音語といったオノマトペの多用である。花鳥風月よりも実生活や生活に結びついた感情を題材とし、弱小な生き物のたくましさや、己の境遇を直視した素朴な句を多く作った。生涯で2万句以上という多作でありながら、一茶の俳句は「生」をテーマとし、多くの人々に受け入れられた。

その他の特記事項

一茶は文化元年(1804年)から文化5年(1808年)まで本所相生町5丁目(現在の墨田区緑1丁目)に住み、比較的安定した生活を送った。この時期の江戸下町での暮らしは、一茶の俳句に大きな影響を与えた。

父の死去とその後の遺産相続争いの経緯を記した「父の終焉日記」は、遺産を巡る親族間の骨肉の争いを赤裸々に描いた作品として、日本の自然主義文学の草分けと評価されている。また、一茶は浄土真宗の熱心な信者であり、浄土真宗の教えは一茶の作品に大きな影響を与えた。

一茶の死後、門人たちの中から後継者は現れなかったが、明治時代中期以降、正岡子規らに注目され、自然主義文学の隆盛とともに大きな注目を集めるようになり、松尾芭蕉、与謝蕪村と並ぶ江戸時代を代表する俳人としての評価が確立した。故郷の柏原(長野県信濃町)では一茶にちなんだ行事が行われ、一茶記念館も建設されている。

claude sonnet 4.5 による自動生成です。

参考にさせていただいたWebサイト様
小林一茶 -- Wikipedia 小林一茶(すみだゆかりの人物を紹介します) -- 墨田区立図書館 小林一茶 日本史辞典/ホームメイト -- 刀剣ワールド

参考にさせていただいたWebサイトの制作者様、誠にありがとうございます。貴サイトの貴重な情報により本データベースの充実を図ることができました。この場をお借りして心より感謝申し上げます。

バイオ

性別男性
本名小林弥太郎
別号圯橋 菊明 新羅坊 亜堂 二六庵 俳諧寺
生没1763 〜 1828

基準
向き
件数

現在、210句の俳句が登録されています。

    • 梅 うめ
      季節: 春(初春) 分類: 植物(バラ目)
    • 虚子編 新歳時記 増訂版
      p.91
    • 下萌 したもえ
      季節: 春(初春) 分類: 植物(総称)
    • 角川ソフィア文庫 第5版増補 俳句歳時記 春
      p.195