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俳人の説明

管理人による説明

昭和から平成にかけて活躍した俳人。水原秋桜子に師事し、石田波郷に兄事した。俳誌「鷹」を創刊・主宰し、二物衝撃を提唱して現代俳句の可能性を追求した。

生涯

藤田湘子は1926年(大正15年)1月11日、父源太郎、母ミネの長男として、神奈川県小田原町(現・小田原市)に生まれた。本名は良久である。風光明媚な海沿いの町でのびのびと感性をはぐくみ、16歳の頃、「あたたかい寒月に照らしだされた桜の蕾」に詩心をひきつけられ、俳句をはじめるようになった。

1945年(昭和20年)、工学院工専(現・工学院大学)を中退し、東部第八七部隊を経て鉄道省に勤務した。1958年(昭和33年)には国鉄本社広報課に勤務し、以後22年間在職した。国鉄労組員として砂川基地拡張反対運動にも参加し、一時社会性俳句にも影響を受けた。

1981年(昭和56年)から1983年(昭和58年)まで現代俳句協会副会長をつとめた。1985年(昭和60年)には蛇笏賞選考委員、1986年(昭和61年)には俳句研究賞選考委員を歴任した。2000年(平成12年)、句集『神楽』で第15回詩歌文学館賞を受賞した。2005年(平成17年)4月15日、胃癌により横浜市青葉区の自宅にて死去した。享年79であった。

俳句歴

1942年(昭和17年)、17歳で中学在学中に「馬酔木」に入会し、水原秋桜子に師事した。水原秋桜子の流麗な自然詠に深く傾倒した。22歳の時には同じ「馬酔木」に所属していた石田波郷との出会いがあり、以来、波郷を兄のように慕いつつ、いっそう俳句に打ち込むことになった。水原秋桜子と石田波郷、俳句史上にのこる二人の作家のもとで、湘子は俳人として大きく成長した。

1947年(昭和22年)、「馬酔木」4月号で巻頭を飾り、1948年(昭和23年)には馬酔木賞を受賞し、翌1949年(昭和24年)より「馬酔木」同人となった。1951年(昭和26年)には「馬酔木」第1回新樹賞を受賞し、1955年(昭和30年)には第4回新樹賞を受賞した。同年「馬酔木」編集次長に就任し、1957年(昭和32年)には「馬酔木」編集長に就任し、第4回馬酔木賞を受賞した。

しかし、湘子の修行の道はまったく平坦であったわけではなく、師である秋桜子との反目も経験している。1964年(昭和39年)、秋桜子の了承を得て、「馬酔木」の衛星誌として同人誌「鷹」を創刊した。1967年(昭和42年)、「馬酔木」編集長を辞任した。1968年(昭和43年)、「馬酔木」からその活動が認められなくなったことで、他の「鷹」発起同人が「鷹」を去った。湘子は「馬酔木」同人を辞退し、「鷹」を自身の主宰誌とした。

「鷹」の主宰として、湘子は飯島晴子を筆頭として、小澤實、奥坂まや、小川軽舟、高柳克弘など多くの弟子を育てた。また、遠山陽子、長峰竹芳、宮坂静生、辻桃子、松田ひろむなども一時期、湘子の薫陶を受けている。結社運営においては年功序列を廃し、個性重視・実力主義の方針を貫いた。

作風は、初期には秋桜子風の叙情句に傾倒し、戦後には石田波郷らが「馬酔木」に戻ると、その境涯俳句に心酔し影響を受けた。1983年(昭和58年)3月からは、新境地を開くため高浜虚子を念頭に「一日十句」という多作の試みを開始し、その句作を「鷹」に発表するという異例の試みを3年にわたって実行した。中原道夫は「多作によって素材の幅が広がり、湘子俳句の底辺に流れる叙情性に加え、俳句本来の挨拶性、即興性、諧謔性を獲得することになった」と評している。

1996年(平成8年)には結社のマンネリ化を打破するため第二次「鷹」を発足し、配合の手法の進化をねらった「二物衝撃」を基本理念に掲げた。これは、意味偏重による俳句の散文化傾向に対して、俳句の韻文性の回復をめざすものであった。さまざまな手法の試みを許容し、現代俳句の可能性を追求する先鋭的な結社の先頭にたち、作風も馬酔木的抒情から大胆な二物衝撃へと変化した。

その他の特記事項

俳人としての指導力は入門書の執筆にも発揮され、1988年(昭和63年)に最初の版が出された『20週俳句入門』は、俳句入門書の定番としてロングセラーとなっている。角川「俳句」2018年3月号の「書店で役立つ俳書ガイド」の俳人23人アンケートでも、第2位となった名著である。他にも『実作俳句入門』(1985年)など、一般向けの実作指導書を複数執筆した。

句集は『途上』(1955年)、『雲の領域』(1962年)、『白面』(1969年)、『狩人』(1976年)、『春祭』(1982年)、『一個』(1984年)、『去来の花』(1986年)、『黒』(1987年)、『前夜』(1993年)、『神楽』(1999年)、『てんてん』(2006年)があり、2009年には『藤田湘子全句集』が刊行されている。

評論集としては『俳句全景』(1974年)、『俳句以前』(1982年)、『俳句作法入門』(1993年)、『俳句の方法 現代俳人の青春』(1994年)、『秋櫻子の秀句』(1997年)、『俳句好日』(1997年)、『男の俳句、女の俳句』(1999年)、『句帖の余白』(2002年)、『入門俳句の表現』(2002年)など多数がある。

claude sonnet 4.5 による自動生成です。

参考にさせていただいたWebサイト様
藤田湘子 -- Wikipedia 藤田湘子 -- コトバンク 前主宰・藤田湘子について -- 鷹俳句会

参考にさせていただいたWebサイトの制作者様、誠にありがとうございます。貴サイトの貴重な情報により本データベースの充実を図ることができました。この場をお借りして心より感謝申し上げます。

バイオ

本名良久
生没1926 〜 2005
出身地神奈川県小田原市

基準
向き
件数

現在、40句の俳句が登録されています。

    • 鵯 ひよどり
      季節: 秋(晩秋) 分類: 動物(鳥類)
    • 角川ソフィア文庫 第5版増補 俳句歳時記 秋
      p.126