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俳人の説明

管理人による説明

江戸時代前期から中期にかけて活躍した俳人。「常の詞」による平淡な句作りを特徴とし、大坂俳壇で雑俳点者として重きをなした。

生涯

小西来山(こにしらいざん)は、承応3年(1654年)、大坂で薬種商を営む六左衛門のもとに生まれた。通称は伊右衛門、俳号には満平・湛翁・湛々翁・十萬堂などがある。

7歳で前川由平の門に入り、18歳にして俳諧の点者となった。禅を南岳悦山に学んで法体となり、延宝8年(1680年)以降、悦山に因んで「来山」と改号した。

来山は松尾芭蕉とほぼ同時代を生きた俳人である。貞門派・談林派が俳壇を先導していた時代にあって、池西言水や上島鬼貫らとともに、蕉風俳諧が確立される過渡期に活躍した俳諧師の一人として位置づけられている。

享保元年(1716年)10月3日(新暦11月16日)に没した。享年63。墓は大阪市浪速区の海泉寺にある。

俳句歴

延宝6年(1678年)、井原西鶴編『物種集』に初めて句が収められた。翌年には西鶴らと一座して『飛梅千句』を興行している。元禄3年(1690年)以降、来山の活動は活発化し、元禄3年から元禄7年の間に、生前に発表された約260句のうち約90句が発表された。元禄10年代以降は雑俳点者としての活躍が顕著となり、大坂の雑俳書で来山に無関係のものはほとんどないとされる。

来山の俳風は「常の詞」による俳諧を説き、素直で平淡な句作りや日常の中に美を求める姿勢を特徴とする。一方で、時に卑俗で理屈臭い句が多いとも評される。来山はまとまった俳書を残しておらず、その作品は門人らによる編纂書や追善集によって伝えられている。国文学者のドナルド・キーンは、来山を芭蕉の詩境にもっとも肉薄した俳人であると評している。

その他の特記事項

来山は酒を好んだ人物として知られる。伴蒿蹊の『近世畸人伝』には、酔って入獄させられた際も自ら名乗らず3日ほど拘留され、門人に助け出されると「自炊しなくて済んだので気楽だった」と応じた逸話が記されている。同書では「ひとへに酒を好む」「すべて文章は上手」と評され、「行状にくらべておもへば、老荘者にして、俳諧に息する人にはあらざりけらし」(その行状から見れば、老荘思想に通じた人物であり、俳諧だけに生きた人ではなかった)と述べられている。

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参考にさせていただいたWebサイト様
小西来山(こにし・らいざん) -- Ameblo 酔ってさめて氷くだいて星をのむ 小西来山 評者: 川辺幸一 -- 現代俳句協会 小西来山 -- Wikipedia

参考にさせていただいたWebサイトの制作者様、誠にありがとうございます。貴サイトの貴重な情報により本データベースの充実を図ることができました。この場をお借りして心より感謝申し上げます。

バイオ

性別男性
別号満平 湛翁 湛々翁 十萬堂
通称伊右衛門
生没1654 〜 1716

基準
向き
件数

現在、29句の俳句が登録されています。

    • 露涼し つゆすずし
      季節: 夏(三夏) 分類: 時候(感覚)
    • 角川ソフィア文庫 第5版増補 俳句歳時記 夏
      p.46
    • 夏衣 なつごろも
      季節: 夏(三夏) 分類: 人事(衣服)
    • 角川ソフィア文庫 第5版増補 俳句歳時記 夏
      p.62
    • 女郎花 おみなえし
      季節: 秋(初秋) 分類: 植物(マツムシソウ目)
    • 角川ソフィア文庫 第4版増補 俳句歳時記 秋
      p.193