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俳人の説明

管理人による説明

昭和から平成・令和にかけて活躍した山岳俳人。福田蓼汀に師事し、徹底写生を理念として山岳俳句の分野で独自の境地を開いた。

生涯

岡田日郎(おかだにちお)は1932年11月3日、東京都に生まれた。本名は岡田晃(おかだひかる)である。学習院大学文学部を卒業後、福田蓼汀の主宰する俳誌「山火」に投句を始めた。1951年からは「山火」の編集を担当し、俳句活動の基盤を築いた。1955年には「山火」の同人となり、1961年に山火賞を受賞するなど、着実に俳人としての地歩を固めていった。

師である福田蓼汀が1988年に逝去すると、1990年より「山火」の主宰を継承し、蓼汀の志を受け継いで俳誌の運営にあたった。2014年からは俳人協会顧問を務め、俳壇における重鎮としての役割を果たした。2022年1月2日、誤嚥性肺炎のため埼玉県さいたま市内の病院で逝去した。89歳であった。

俳句歴

岡田日郎の俳句の最大の特徴は、山岳俳句への傾倒である。40年の歳月をかけて日本百名山を踏破した登山家でもあり、その体験を俳句に昇華させた。俳句信条は「徹底写生」であり、師である福田蓼汀から受け継いだこの理念を生涯貫いた。

1993年には句集『連嶺』により第32回俳人協会賞を受賞し、山岳俳句の第一人者としての評価を確立した。その作風は、雪嶺や雪渓など山の自然を詠んだ作品に特色があり、力強く格調高い句風として知られた。また「雪雲(せつうん)」という新しい季語の提唱を試みるなど、俳句表現の可能性を広げる努力も続けた。

その他の特記事項

岡田日郎は多くの著作を残した。『山の俳句歳時記』や『俳句で歩く百名山』など、山岳と俳句を結びつけた編著のほか、『徹底写生への道 俳句本論』『山と俳句の五十年』など、自身の俳句観を示す評論も執筆した。また『福田蓼汀の世界』『前田普羅』『芝不器男研究』など、他の俳人に関する研究書も手がけ、俳句史の研究にも貢献した。句集としては『紅玉』『山景』『連嶺』『瑞雲』『新雪』『巍々』などがあり、最晩年には『山域別岡田日郎全句集』(2014年)によって自身の俳句の集大成を示した。エッセー集『雲表のわが山々』『四季折々の山』も、登山家としての視点と俳人としての視点が融合した貴重な文章である。

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参考にさせていただいたWebサイト様
与子規さん投稿。「秋の暮力のかぎり山並ぶ(岡田日郎)」田中裕明・森賀まり著「癒しの一句」より。1 -- すえよしの俳句ブログ 岡田日郎 -- Wikipedia 第六十五夜 岡田日郎の「雪嶺」の句 -- Miho Haiku Note

参考にさせていただいたWebサイトの制作者様、誠にありがとうございます。貴サイトの貴重な情報により本データベースの充実を図ることができました。この場をお借りして心より感謝申し上げます。

バイオ

性別男性
本名晃
生没1932 〜 2022

現在、12句の俳句が登録されています。

    • 山開 やまびらき
      季節: 夏(晩夏) 分類: 人事(行事)
    • 角川ソフィア文庫 第5版増補 俳句歳時記 夏
      p.127
    • 冷房 れいぼう
      季節: 夏(晩夏) 分類: 人事(生活)
    • 角川ソフィア文庫 第5版増補 俳句歳時記 夏
      p.88