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俳人の説明

管理人による説明

大正期の俳人。外交官島村久の子として父の任地アメリカで生まれる。大正2年(1913年)から高浜虚子に師事し、「ホトトギス」に参加した。鋭敏な感性による写生句で注目され、将来を嘱望された。のちホトトギス同人および募集句選者となった。大正5年10月号から大正10年7月号までに10回の巻頭作家になっている。

生涯と俳句歴

島村元(しまむら はじめ)は、明治26年(1893年)6月25日、外交官島村久の子として父の任地アメリカで生まれた。

帰国後、大阪、岡山の小・中学を経て慶応義塾大学文科予科に入ったが、病気(肺疾患)のため大正4年に中退した。慶応大学を肺病で中退したのは20歳の時であった。

父島村久は虚子と能の仲間であり、鎌倉能楽堂をともに建てた。父の影響で、元は俳句を虚子に学ぶようになった。俳人・本田あふひの甥にあたる(本田親済男爵の妹の長男)。

大正2年(1913年)から高浜虚子に師事し、「ホトトギス」に投句・参加した。最初の頃は「はじめ」と平仮名で投句していた。俳句をスタートして3年目に巻頭作家になった。

鋭敏な感性による写生句で注目され、将来を嘱望された。虚子から鋭い感性の写生句であると認められるようになった。

のちホトトギス同人および募集句選者となった。大正5年10月号から大正10年7月号までに10回の巻頭作家になっている。

大正12年(1923年)8月26日に病没した。31歳であった。

死後、大正13年(1924年)、一周忌にあたり「島村元句集」が刊行された。

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参考にさせていただいたWebサイト様
島村元(シマムラ ハジメ)とは? 意味や使い方 -- コトバンク 第二百九十四夜 島村 元の「秋草」の句 島村元 -- インターネット俳句

参考にさせていただいたWebサイトの制作者様、誠にありがとうございます。貴サイトの貴重な情報により本データベースの充実を図ることができました。この場をお借りして心より感謝申し上げます。

バイオ

性別男性
生没1893 〜 1923

現在、6句の俳句が登録されています。

    • 春雷 しゅんらい
      季節: 春(三春) 分類: 天文(光)
    • 虚子編 新歳時記 増訂版
      p.104
    • 囀 さえずり
      季節: 春(三春) 分類: 動物(鳥類)
    • 角川ソフィア文庫 第5版増補 俳句歳時記 春
      p.126