川島奇北 (かわしま きほく)
俳人の説明
管理人による説明
生涯と俳句歴
川島奇北(かわしま きほく)は、慶応2年12月11日(1867年1月16日)、武蔵国行田(現在の埼玉県行田市)の須加村に、漢学者の川島梅坪の子(長男)として生まれた。本名は得太郎。別号に一水、洲香、刀水等がある。川島家は豪農であった。
明治維新後の廃藩置県により、北埼玉郡会の議員を経て埼玉県会議員を務めた。後に利根川の護岸工事に携わった。明治34年(1901年)には故郷の須加村(現在は行田市に合併)の村長を務めた。また、能書家であった。
その後、正岡子規の俳句改革に関心をもち、高浜虚子の紹介で正岡子規の門人となった。俳諧を学び高浜虚子らと親交を持った。同門には石島雉子郎らがいる。
明治33年(1900年)には『鴛鴦文学』、明治37年(1904年)には俳誌『浮城』を創刊し、選者や合評者を務めるなど、地元の青年たちの文芸活動に大きな影響を与え、「ホトトギス」写生句の啓蒙と普及に尽力した。これにより多くの俳誌の編纂及び刊行に携わった。埼玉県俳誌としては中山稲青の「アラレ」と共に知られた。中山稲青と中野三允と共に埼玉における新派俳人の三傑として名を馳せ、埼玉俳壇の中心的存在となった。
子規の死後、昭和6年(1931年)には須加村の自宅でホトトギス第十四回武蔵野探勝会が開催され、虚子をはじめ多くの俳人が集った。
昭和22年(1947年)9月24日に死去した。82歳であった。句集の刊行も計画されたが、生前は実現されず、昭和43年(1968年)に句集『田園』が刊行された。
claude sonnet 4.5 による自動生成です。
参考にさせていただいたWebサイトの制作者様、誠にありがとうございます。貴サイトの貴重な情報により本データベースの充実を図ることができました。この場をお借りして心より感謝申し上げます。
バイオ
現在、5句の俳句が登録されています。
- くぬぎうう われにととせの じゅあるべし
-
木の実植う
このみうう
季節: 春(初春) 分類: 人事(労働) -
虚子編 新歳時記 増訂版p.87
- ほいろうた しょさいにきたる きたらざる
-
製茶
せいちゃ
季節: 春(晩春) 分類: 人事(労働) -
虚子編 新歳時記 増訂版p.234
- くろこげの そうそうをかる てんきかな
-
桑摘
くわつみ
季節: 春(晩春) 分類: 人事(労働) -
虚子編 新歳時記 増訂版p.237
- みそたきの おおへっついや もえあがる
-
味噌搗
みそつき
季節: 冬(三冬) 分類: 人事(生活) -
角川ソフィア文庫 第4版増補 俳句歳時記 新年p.114
- かきぞめの かたかなにして ちからあり
-
書初
かきぞめ
季節: 新年(新年) 分類: 人事(芸術) -
虚子編 新歳時記 増訂版p.23