優れた俳句をデジタルデータとして保存し、後世に残すために俳句データベースを開発しています。

俳人の説明

管理人による説明

昭和から平成にかけて活躍した俳人。石田波郷、能村登四郎に師事し、俳誌「門」を創刊・主宰した。

生涯と俳句歴

鈴木鷹夫(すずき たかお)は1928年(昭和3年)9月13日、東京浅草に生まれ日本橋浜町に育った。本名は昭介。1948年より作句を始め、翌1949年に石田波郷の「鶴」に入会した。1961年に「鶴」同人となった。

1969年に波郷が没した後、1971年に能村登四郎の「沖」に移り、翌1972年に「沖」同人となった。1989年には「門」を創刊し主宰となった。2002年には「沖」同人を辞した。

2005年に句集『千年』により俳人協会賞を受賞した。句集に『渚通り』『大津絵』『春の門』『風の祭』『鈴木鷹夫句集』『カチカチ山』など、散文集に『片言自在 俳句この頃』、小説に『風騒の人 若き日の宝井其角』がある。編著書に『秀句350選 遊』があり、蝸牛社の秀句三五〇選シリーズの編著者としても知られた。

俳人協会評議員、日本文藝家協会会員、日本ペンクラブ会員、国際俳句交流協会評議員、日本現代詩歌文学館振興会会員などを務めた。妻は現主宰の鈴木節子。2013年(平成25年)4月10日に死去した。

その他の特記事項

代表句に「白刃の中ゆく涼気一誌持つ」「春耕の人がゆつくり女なり」「妻一人子ふたりそして除夜の鐘」などがある。

「白刃の中ゆく涼気一誌持つ」は、1989年に「門」を創刊した創刊号に載せた句であり、一誌を創刊することへの覚悟と凛然とした気概を表した決意表明の句である。「春耕の人がゆつくり女なり」は、春の土を耕している人がゆっくりと立ち上がり女性であることに気づいた瞬間を詠んだ句で、「ゆつくり」という副詞の使い方が深い印象を与える作品である。

「妻一人子ふたりそして除夜の鐘」は、家族一同がつつがなく幸せに過ごした一年を振り返る句であり、並べ方が自然で温かみのある作品である。

claude sonnet 4.5 による自動生成です。

参考にさせていただいたWebサイト様
鈴木鷹夫 -- Wikipedia 第三百六十八夜 鈴木鷹夫の「涼気」の句 -- opera noel 著者プロフィール 鈴木鷹夫 -- 俳人協会

参考にさせていただいたWebサイトの制作者様、誠にありがとうございます。貴サイトの貴重な情報により本データベースの充実を図ることができました。この場をお借りして心より感謝申し上げます。

バイオ

性別男性
本名昭介
生没1928 〜 2013
出身地東京都

現在、7句の俳句が登録されています。

    • 頬被 ほおかむり
      季節: 冬(三冬) 分類: 人事(衣服)
    • 角川ソフィア文庫 第5版増補 俳句歳時記 冬
      p.78
    • 桜鍋 さくらなべ
      季節: 冬(三冬) 分類: 人事(飲食)
    • 角川ソフィア文庫 第5版増補 俳句歳時記 冬
      p.89