斯波園女 (しば そのめ)
俳人の説明
管理人による説明
生涯
斯波園女(しば そのめ)は、寛文4年(1664年)、伊勢国山田(現在の三重県伊勢市)に神官の秦師貞の娘として生まれた。本姓は度会氏。同地の医師・斯波一有(別号、渭川)に嫁した。
夫の影響で俳諧を覚え、元禄2年(1689年)松尾芭蕉門に入門したとされるが、実際は貞享5年(1688年)に芭蕉から句を得た際に入門したと考えられる。蕉門の俳書『阿羅野』(元禄2年刊)『其袋』(元禄3年)に入集するが、それ以降は芭蕉の俳書にはあまり入集していない。
元禄5年(1692年)、夫と大坂に移住した。この時、井原西鶴から園女を讃える詞書と「浜萩や当風こもる女文字」の句を送られた。元禄7年(1694年)9月27日、園女は折から大坂を訪れていた芭蕉を自宅に招き、芭蕉はそこで「白菊の目に立てゝ見る塵もなし」と発句を詠み、園女が「紅葉に水をながす朝月」と脇を付け、九吟歌仙一巻が巻かれた。これが芭蕉最後の歌仙興行となった。大坂時代が最も俳人として活躍した時期であり、前句付けの雑俳点者として活躍した。大坂では西鶴などとも交わり、医業のかたわら俳諧および雑俳の点者をしていた。
元禄末から宝永2年(1705年)頃に夫が死去した。宝永2年(1705年)に稲津青流の仲介で江戸の宝井其角を頼って上京した。眼科医を家業としながら俳諧を続け、宝永3年(1706年)から宝永5年(1708年)の間に処女撰集『菊之塵』を完成させた。其角ら江戸座の連中と交流していた。
正徳年間には深川八幡に36本の桜の植樹を寄進しているが、これは後々まで「歌仙桜」として江戸っ子に親しまれた。享保3年(1718年)剃髪し、智鏡と号した。晩年は和歌に親しみ、享保7年(1722年)と享保9年(1724年)に伊勢神宮へそれぞれ1030首の和歌を奉納した。
辞世の歌は「秋の月春の曙見し空は夢か現かなむあみだ仏」。享保11年4月20日(1726年5月21日)に死去した。63歳であった。墓所は江東区白河の雄松院。
俳句歴
性格や行動には男性的面があったようで、筆跡も雄渾な男性的な筆致である。句は素直で淡泊な味わいと評される。
編著に『菊のちり』『鶴の杖』がある。
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バイオ
現在、8句の俳句が登録されています。
- おうたこに かみなぶらるる あつさかな
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暑さ
あつさ
季節: 夏(三夏) 分類: 時候(感覚) -
角川ソフィア文庫 第5版増補 俳句歳時記 夏p.33
- におうにも よりそうつたの しげりかな
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青蔦
あおつた
季節: 夏(三夏) 分類: 植物(ブドウ目) -
平凡社 俳句歳時記 夏p.569
- きやくさに なにをのこして あきのいろ
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秋色
しゅうしょく
季節: 秋(三秋) 分類: 時候(感覚) -
平凡社 俳句歳時記 秋p.58
- おもえただ すずりあらいの あとのはじ
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硯洗
すずりあらい
季節: 秋(初秋) 分類: 人事(行事) -
新版 角川俳句大歳時記 秋p.174
- いろどりの わたりおうたり たびやどり
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色鳥
いろどり
季節: 秋(三秋) 分類: 動物(鳥類) -
文藝春秋 最新俳句歳時記 秋p.50
- なしのはに ねずみのわたる そよぎかな
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梨
なし
季節: 秋(三秋) 分類: 植物(バラ目) -
平凡社 俳句歳時記 秋p.465
- だいこんに みのいるたびの さむさかな
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大根
だいこん
季節: 冬(三冬) 分類: 植物(アブラナ目) -
新版 角川俳句大歳時記 冬p.663
- はにめでて いわうばかりぞ ふくわかし
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福沸
ふくわかし
季節: 新年(新年) 分類: 人事(行事) -
文藝春秋 最新俳句歳時記 新年p.29