土生重次
俳人の説明
管理人による説明
生涯
土生重次は、1935年(昭和10年)に大阪府堺市で生まれた。上場企業の役員を務めながら、俳句結社の主宰として活躍した。定年退職して間もなく健康を損ね、2001年(平成13年)3月22日、療養中に肺炎のため亡くなった。
俳句歴
中学時代に、叔父(実の異父兄)から俳句の手ほどきを受けた。学生時代はバンド活動などのため俳句から離れていたが、1970年(昭和45年)ごろに俳句を再開した。
1974年(昭和49年)、野沢節子が主宰する「蘭」に入会し、のちに同誌の編集長を務めた。また冬生句会を指導し、句会報を刊行した。この句会を土台として、1991年(平成3年)に「扉」の創刊準備号を出し、同年5月に創刊号(6月号)を発行して俳句結社「扉」の主宰となった。
1999年(平成11年)末に主宰を辞して名誉主宰となり、その後は句作を中心に活動した。句集に『歴巡』『扉』『素足』『刻』などがある。
その他の特記事項
語録の「初学の頃」では、好んだ俳人として山口誓子に言及している。
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参考にさせていただいたWebサイトの制作者様、誠にありがとうございます。貴サイトの貴重な情報により本データベースの充実を図ることができました。この場をお借りして心より感謝申し上げます。
バイオ
現在、1句の俳句が登録されています。
- いちょうおちば いちまいかみて さかばのと
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銀杏落葉
いちょうおちば
季節: 冬(初冬) 分類: 植物(イチョウ目) -
新版 角川俳句大歳時記 冬p.636