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俳人の説明

管理人による説明

明治から昭和にかけて活躍した俳人。籾山梓月の実弟で、三田俳句会や筍頭会で活動し、俳誌「愛吟」を主宰した。

生涯と俳句歴

上川井梨葉は1887年1月15日に生まれた。俳人・籾山梓月の実弟である。吉村椿花とも称した。

1908年秋に復活した三田俳句会の世話役となり、久保田万太郎と大場白水郎と知り合い、以来、同世代の彼らは親しい俳句仲間となった。久保田万太郎、上田梨葉を幹事に迎えた三田俳句会には、ホトトギス同人の岡本松浜や松根東洋城、原月舟、原石鼎を迎えるなど豪華な顔ぶれであった。1908年に一時衰退したが、吉村椿花(上川井梨葉)、大場白水郎、見學玄、渡辺水巴の応援などで復興した。

1911年に一川亭に転居した。住所は牛込区新小川町三の十六である。一川亭では筍頭会という句会を開催し、籾山梓月も時折顔を出した。久保田万太郎、大場白水郎、三宅孤軒、山田ケイ子、鈴木燕郎、長谷川春草といった、のちの『春泥』おなじみの人びとがすでに集っていた。

1925年末に兄・梓月から俳書堂の商号を譲り受け、かねてより梨葉が実兄同様に営んでいた書肆・友善堂と合併するかたちとなった。1926年4月、梨葉によって第二次『俳諧雑誌』が大場白水郎を発行人として復活した。

俳誌「愛吟」を主宰した。

1946年7月5日に没した。

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参考にさせていただいたWebサイト様
昭和8年師走の東京の空の下――渋谷大和田町の「いとう旅館」と「いとう句会」のこと・『俳諧雑誌』から『春泥』への歳月【前篇】 -- 旧・日用帳(2003-2015) 慶應義塾大学俳句研究会 -- Wikipedia 文挾夫佐恵 -- Wikipedia

参考にさせていただいたWebサイトの制作者様、誠にありがとうございます。貴サイトの貴重な情報により本データベースの充実を図ることができました。この場をお借りして心より感謝申し上げます。

バイオ

生没1887 〜 1946

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