中村三山 (なかむら さんざん)
俳人の説明
管理人による説明
生涯と俳句歴
中村三山は昭和初期に高浜虚子に認められた俳人である。虚子の主宰する「ホトトギス」で活動していたが、水原秋桜子が「ホトトギス」を離脱する際に強く「馬酔木」への参加を求められた。この際、懊悩の末に両誌への出句を止めるという選択をした。
1940年、「京大俳句」の会員15名が特高から治安維持法違反の容疑で検挙される京大俳句事件が発生した。中村三山もこの事件で検挙されたが、起訴猶予となった。1939年12月20日付の『京都帝国大学新聞』には「特高が来た俺を主義者とでもいふのか」の句が掲載されている。
この事件を機に中村三山は俳句の筆を折り、戦後になってもついに作句することはなかった。みずからの心根に忠実だった人柄がしのばれ、「幻のひと」と称される。
作品には「凍鶴のほとりの土の雀かな」など、まなざしの冴えた優しさと隙のない表現が評価される句が残されている。遺句集は1983年に刊行された。
claude sonnet 4.5 による自動生成です。
参考にさせていただいたWebサイトの制作者様、誠にありがとうございます。貴サイトの貴重な情報により本データベースの充実を図ることができました。この場をお借りして心より感謝申し上げます。
バイオ
現在、1句の俳句が登録されています。
- よばんのひ しょうこくじもん でてきたる
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火の番
ひのばん
季節: 冬(三冬) 分類: 人事(労働) -
虚子編 新歳時記 増訂版p.752