倉橋洋村 (くらはし ようそん)
俳人の説明
管理人による説明
生涯
倉橋羊村は1931年(昭和9年)4月28日に神奈川県横浜市に生まれた。本名は倉橋裕(くらはし ゆたか)である。戦時中の1945年、厚木市へ縁故疎開し、神奈川一中(現神奈川県立希望ヶ丘高等学校)から厚木中学(現神奈川県立厚木高等学校)に転入し学徒動員を受けた。
青山学院大学経済学部を卒業後、1952年(昭和27年)に水原秋桜子に師事し、俳句の道に入った。1954年(昭和29年)には俳誌「馬酔木」の雑詠欄「馬酔木集」の巻頭を飾るなど主力として活躍し、青の会賞を受賞した。1964年(昭和39年)には「鷹」を創刊した藤田湘子にしたがい編集長として参加するも、後に退会した。1989年(平成元年)には青木泰夫より「波」主宰を継承し、俳誌を主宰することとなった。
2020年(令和2年)2月11日に逝去。享年88であった。
俳句歴
倉橋羊村は、師と仰いだ秋桜子に倣い、俳句は総合芸術との見地に立って、幅広く文芸、絵画など日本伝統の美を吸収しつつ、抒情性を深めた句を作ることを特徴とした。また、作品に光と影を捉え、そこに自己を投影した作品に特色がある。
2003年(平成15年)には句集『有時』にて第21回日本文芸大賞を受賞し、2006年(平成18年)には第2回日本詩歌句大賞を受賞した。南日本新聞俳壇選者を務めたほか、現代俳句協会幹事長・同顧問、日本ペンクラブ監事、日本現代詩歌文学館振興会副会長、国際俳句交流協会副会長、日本文芸家協会会員などの要職を歴任した。
鴫立庵(神奈川県大磯町にある俳諧道場で、京都の落柿舎、滋賀の無名庵と並び日本三大俳諧道場の一つ)の選者として、毎年参加し西行忌の句を詠み続けた。
句集には『自解100句選・倉橋羊村集Ⅰ』(牧羊社、1987年)、『無念でごわす』(蝸牛社、1999年)、『自解100句選・倉橋羊村集Ⅱ』(牧羊新社、2002年)、『有時』などがある。
その他の特記事項
倉橋羊村は俳人としての活動のみならず、俳句評論家としても多くの著書を残した。師である水原秋桜子に関する著書として『水原秋櫻子』(角川書店、1987年)、『秋櫻子とその時代』(講談社、1989年)、『俳句こそわが文学・水原秋櫻子』(安楽城出版、1996年)、『水原秋櫻子に聞く』(本阿弥書店、2007年)などがある。
また、高浜虚子についての著書『人間虚子』(新潮社、1997年)、種田山頭火についての著書『禅僧山頭火』(沖積舎、1997年)、道元についての著書『道元』(講談社、1990年)、『道元の跫音』(北溟社、2004年)、『道元の心 俳句の心』(朝日新聞社、2008年)など、仏教や禅に関する造詣の深さを示す著作も多い。
その他の著書には『俳壇百人(上・下)』(牧羊社、1993年)、『私説現代俳人像上・下』(東京四季出版、1998年)、『俳句を味わう』(飯塚書店、1995年)、『俳句添削入門』(飯塚書店、1995年)、『俳句実作辞典』(東京堂出版、2000年)、『季語を味わう』(飯塚書店、2006年)、『おはよう俳句』(北溟社、2007年)など、俳句の実作や鑑賞に関する多数の著作がある。
仏教、特に道元の禅思想に深い関心を持ち、俳句と禅の融合を探求した点も羊村の特徴である。
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参考にさせていただいたWebサイトの制作者様、誠にありがとうございます。貴サイトの貴重な情報により本データベースの充実を図ることができました。この場をお借りして心より感謝申し上げます。
バイオ
現在、2句の俳句が登録されています。
- たつおきの たくにわかばの やまぶどう
-
辰雄忌
たつおき
季節: 夏(初夏) 分類: 宗教(忌日) -
新版 角川俳句大歳時記 夏p.434
- とぐろまき けずなといえり すさまじや
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冷まじ
すさまじ
季節: 秋(晩秋) 分類: 時候(感覚) -
新版 角川俳句大歳時記 秋p.74